ざっくり簡単解説!喜多見藩とは?

喜多見藩は、江戸時代武蔵国多摩郡喜多見(現在の東京都世田谷区)に存在した藩です。藩庁は喜多見城(喜多見陣屋)に置かれ、藩主は喜多見重政が務めました。喜多見氏は元々、武蔵江戸氏の後裔であり、江戸氏の分家にあたります。

藩は1686年に設立され、初代藩主である重政の時代には石高が1万石から2万石に増加しました。しかし、元禄2年(1689年)に重政の一族が関与した刃傷事件により、藩は改易されて廃藩となりました。その後、喜多見の地は幕府直轄領となり、喜多見氏の家臣たちは浪人となるか、他の藩に仕官することとなりました。

現在、喜多見の地には喜多見氏の墓所である慶元寺があり、その周辺には歴代藩主や家臣たちの墓が存在します。このように、喜多見藩は東京23区内に存在した数少ない藩の一つとして、地域の歴史に名を刻んでいます。

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