ざっくり簡単解説!鶴牧藩とは?

鶴牧藩(つるまきはん)は、江戸時代後期の1827年に上総国(現在の千葉県市原市椎津)で成立した藩で、水野忠韶が安房北条藩から1万5000石で移封されて立藩されました。藩庁は「鶴牧陣屋」として現在の姉崎小学校付近に設置され、周囲には武家屋敷が広がり、藩士たちが居住していました。

3代藩主・水野忠順は教育に力を入れ、藩校「修来館」を創設し、儒学や中国古典の教育に重点を置きました。また、忠順は中国の歴史書「史記評林」を改訂し、藩内で「鶴牧版」として出版するなど、学問の振興に尽力しました。幕末には、戊辰戦争の影響で一部が戦場となり、藩士の中には幕府側として戦死した者もいましたが、新政府への恭順を示し、最終的には藩の存続が許可されました。1871年の廃藩置県に伴い鶴牧藩は廃止され、その後は木更津県を経て千葉県に編入されました

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