ざっくり簡単解説!竜田藩とは?

竜田藩(たつたはん)は、江戸時代に存在した藩で、現在の奈良県生駒郡斑鳩町竜田に位置していました。この藩は、慶長6年(1601年)に設立され、初代藩主は片桐且元です。且元は、豊臣秀吉の家臣として名を馳せ、賤ヶ岳の七本槍の一人として知られています。関ヶ原の戦い後、彼は大和国竜田に2万8000石の大名として取り立てられ、藩が成立しました​。

藩の中心には竜田城が築かれ、ここを拠点に藩政が行われました。且元は、豊臣家と徳川家との関係修復に尽力し、特に豊臣秀頼の後見人としての役割を果たしました。彼の政治手腕により、藩は安定した時代を迎えますが、寛永15年(1638年)には且元が死去し、その後藩は代替わりを経て次第に厳しい状況に陥ります。

藩主の中で最後の藩主である片桐為次は、若くして亡くなり、藩は断絶の危機を迎えました。結局、藩主の子孫が途絶え、竜田藩は元禄7年(1694年)に廃藩となりました。その後、片桐家は小泉藩の一族から名を引き継ぐ形で存続しましたが、名跡は断絶しました。

竜田藩の歴史は短かったものの、藩祖・且元の功績や藩内での文化の発展は、今も地域に残る重要な要素となっています。

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