ざっくり簡単解説!森長直とは?

森長直(もり ながなお)は、江戸時代前期から中期にかけての大名であり、備中国西江原藩第2代藩主、および播磨国赤穂藩初代藩主を務めました。寛文12年(1672年)11月22日、美作津山藩第2代藩主・森長継の八男として生まれました。父・長継は延宝2年(1674年)に隠居し、兄の長武が跡を継ぎましたが、長武も貞享3年(1686年)に隠居し、甥の長成が藩主となりました。元禄7年(1694年)、長直は長成から1,500俵を分与されています。

元禄10年(1697年)、長成が嗣子なくして死去し、弟の関衆利(森衆利)を後継者とする計画がありましたが、衆利が乱心したため、幕府は家督相続を認めず、津山藩森家は改易されました。しかし、父・長継には美作国内の2万石が安堵され、新たに西江原藩が立藩されました。長直は元禄11年(1698年)に父の死去に伴い家督を継ぎ、第2代藩主となりました。

宝永3年(1706年)1月28日、長直は播磨国赤穂藩に2万石で移封されました。赤穂藩では、藩財政の悪化に対処するため、塩田開発に積極的に取り組みました。享保7年(1722年)8月24日に51歳で死去し、跡を婿養子の長孝が継ぎました。

長直の治世は、藩の再興と財政再建に尽力した時期であり、特に塩田開発を通じて藩の経済基盤を強化しました。その功績は、赤穂藩の安定と発展に寄与しました。

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