ざっくり簡単解説!律令国家とは?
律令国家(りつりょうこっか)とは、律(刑法)と令(行政法)を基盤にして統治された古代日本の国家体制を指します。この体制は、7世紀後半から8世紀にかけて整備され、特に天武天皇や持統天皇の時代にその基盤が築かれました。律令国家は、中国の唐王朝の制度をモデルにして、日本独自の中央集権的な国家を形成しました。
律令国家では、天皇が国家の最高権力者として位置づけられ、貴族や官僚が官位に基づいて統治を行いました。全国は地方行政区に分かれ、国司や郡司が配置され、農民や住民に対して税の徴収や労役を課す仕組みが確立されました。また、全国の土地と人民は国家の所有とされ、定期的に人口や財産を把握する戸籍制度が導入されました。
律令制度の具体例としては、701年に制定された大宝律令や、718年に改訂された養老律令があります。これらの律令は、日本の法律や行政を規定し、律令国家の運営の基礎を築きました。
律令国家は、奈良時代から平安時代にかけて維持されましたが、次第に貴族や地方豪族の権力が強まり、律令体制は形骸化していきました。それでも、律令国家の基盤は日本の政治文化に長く影響を与えました。
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