ざっくり簡単解説!北条高時とは?
北条高時(ほうじょう たかとき)は、鎌倉幕府の第14代執権であり、幕府滅亡時の執権として知られています。高時は、1303年に生まれ、1326年に第13代執権北条基時の後を継いで執権に就任しました。しかし、高時は政治的手腕が乏しく、実際の政務は外戚である長崎高資に任せられることが多く、幕府の実権は弱まっていきました。
高時の時代、鎌倉幕府は経済的混乱や、武士階級の不満が高まり、さらに朝廷との対立が激化していました。特に、後醍醐天皇が幕府打倒を目指して行動を起こし、内外の混乱が拡大しました。高時は幕府の崩壊を防ぐことができず、鎌倉幕府の権威は急速に低下しました。
1333年、高時は新田義貞らの攻撃を受け、鎌倉幕府は滅亡します。高時は滅亡直前に鎌倉の東勝寺で自害し、ここに鎌倉幕府の歴史が終焉を迎えました。高時の治世は、幕府末期の混乱と衰退を象徴するものであり、彼の無為な政治姿勢が幕府崩壊の一因となったとされています。
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