ざっくり簡単解説!伊達斉村とは?
1775年-1796年(満21歳没)
伊達斉村(だて なりむら)は、江戸時代後期の大名で、仙台藩の第8代藩主です。父は第7代藩主・伊達重村、母は正操院(喜多山美哲の娘)です。幼名は式三郎、のちに祝村と称しました。天明7年(1787年)に元服し、11代将軍・徳川家斉から偏諱を受けて斉村と改名しました。寛政2年(1790年)に父の隠居に伴い家督を継ぎ、第8代藩主となりました。寛政5年(1793年)には関白・鷹司輔平の娘である興姫(誠子)と結婚しました。しかし、寛政8年(1796年)に正室の誠子が産後の肥立ちが悪くして死去し、さらに父・重村も同年に亡くなりました。斉村自身も同年7月27日に病没し、享年21でした。死去当時、長男の周宗は乳児、次男の斉宗は出生前であり、後継者問題が生じましたが、最終的に長男の周宗が家督を継ぎました。
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